羽ばたくために深くしゃがむんだ

中皮腫患者となって9回目の夏
子供たちがリビングにいる幸せをはむはむ噛み締めております。
顔を見て話せる幸せ、格別ですね。
少し離れていましたが、子供①はやはり子供①でしたし、私の知らない子供①でもありました♪
希望の道に進むために、自分は今何を身につけるべきか、深く考え、知識を吸収している姿が、会話から垣間みえます。そして私の好き路線の情報をくれるので、楽しくてウキウキ過ごしております。
子供たちの放つ光の違いが眩しくて嬉しい今年の夏です。
生まれて名前をつける時、
一生懸命観察し、子供が人生で初めに纏う「個人」を、なるべくしっくりくる名前を選んであげたいな、こんな子かな?それともこんな風かな?と腕の中で安心しきってふにゃり柔らかな天使を見つめては、夫とたくさん悩みました。
不思議ですね、二人とも、生まれて出会った時に感じた個性をそのまま纏い、成長しています。
物静かで飄々と見えて実は粘り強く芯の強い、そして好みがはっきりしていて迷わない、取捨選択や物事の線引きをパシッと決められる子供①。
ニコニコ朗らかでどのグループにもちょこんとお呼ばれする、優しい気遣いができ、お尻に日がつくまで時間がかかるけれど、一度スイチッチが入ると、すごい馬力で乗り切る子供②。
二人ともイメージがぶれず、興味を持つものも違ってて、面白いなぁと思っておりました。
幼い頃から好みの違う二人、
好む色も好きなキャラクターも、遊び方もバラバラでした。
アニメが好き、本が好き。魚が好き、肉が好き。絶叫系が好き、夢の国が好き。共通しているのは「家族全員ゲーム好き」です(笑)。夫と私の共通の趣味がゲームですので、もう英才教育の賜物でしょう♪
幼い頃からプレイステーション用キッズステーションコントローラーで育っておりましたよ。百人一首はニンテンドーDS時雨殿で覚えましたし。きっと今のお子さんたちはスマートフォンなんでしょうね。便利で楽しいものはどんどん活用すべしですね!
私が癌とわかり思ったことは、
「寿命を聞いた私はどう生きていきたい?」でした。2012年、先生には余命2年と思って行動してね、と告げられていましたからね。
なるべく二人の子供の好みを潰さないよう、お勉強も付き添って、一人で身支度できる様、上履きの洗い方や、自分たちが使うものの手入れの仕方、教えられることを盛り込もうと躍起になりました。
結果的に9年目の中皮腫患者として今を生きているからこそ言えるのでしょうが、うん、子供によかれと思ってクイクイ勧めてみたけれど、興味を持つもの以外は身につかなかったよ、ですね(笑)。
いやね、自分を振り返ってみれば
簡単にわかるんですけどね。知りたいと思うものは勝手に調べて吸収しようと努力するじゃないですか。子供も全く同じでしたね。当たり前っちゃ当たり前的な?
悠久の時を過ごすかの如く毎朝40分かけても朝食が終わらなかった子も、体験教室でご挨拶し起き上がらず???と思ったらすやーと寝てた子も、
ちゃんとご飯もりもり食べてるし、顔を洗って眠気と戦って勉強しているし。心配しなくても自分のこと、ちゃんと自分で出来る子になっていた。
安堵、うん、安堵だな。
毒親育ちで癌患者、
私が不在なった時、実母がどう子供たちの人生に介入してくるかが読めなかった。たった2年で一体どうやって子供達を守ってやれるのだろうかと。
私が癌患者になる前は、母はどちらかの孫を養子に欲しいと言っていた。私が希少がんで余命があるとわかったら、私が居なくなったら孫を養子にしないと面倒を見ないと言った。
だからね、とにかく下の子が16歳になるまでは何がなんでも生きたかった。
法律に詳しいわけじゃないから
検索した範囲での知識だけど、15歳未満なら夫の承諾がなければ養子縁組は不可、そして両親が養子を迎えられるのは一人だけ。
裏を返せば、平日は母が子供達を面倒みて、その間に祖母と暮らすメリットを散々並べ、うまく洗脳し16歳になるのを待とうと考えていたとしたら。
想像でしかなく、答えの出ない未来を案ずるだけでは何もならない。かと言って母の様に子供を洗脳したくない。
ベストは子供たちが18歳になるくらいまで生きられること。そうすれば意思を持って、自分の将来を考えて判断できるんじゃないか?いや、出来て欲しい、と思った。
癌患者になってからの私の子育ては、
「自分で決める力」を育てたい、になった。
良い成績?偏差値の高い学校?英語が話せる?安定した進路?うーん、それらを身につけてあげる事もきっと素敵な未来に繋がるのだろう。
けれど私には時間がない、横についてコツコツ学力を積み上げる時間があるのだろうか?と。大事なことは?私がしたいことは?
子供たちと手を繋いでいたい。
これ以上の希望は浮かばなかった。取捨だ。お勉強はベネッセに任せた(笑)。残った時間はいっぱい手を繋ごうと思った。
(まさかの今、再び子供がベネッセにお世話になっており、我が家の学びをロングランで助けて頂きありがたい限りです。)
もう手を繋ぐ歳じゃ無いけど、
ふんわりと、でも確実に、心で手を繋げている実感がある。
代わる代わるリビングに来ては、キラキラした瞳で興味のあることを話してくれる子供たち。夫も嬉しそうに眺めている。これ以上の幸せなんてあるのだろうか?
絶望し、引き裂かれる思いで「母親であり続ける未来」を捨てた8年前の私。あの時の感情は痛みとして心に今も刻まれ続けている。
期待をすると絶望が怖いから。
でもね、頑張ったね、私。8年分、癌患者としての恐怖と向き合ってきた。それはこれからも続くんだ。
でもそれと引き換えに
自分の未来に向けて羽ばたくために
深くしゃがんで力を貯めている
キラッキラッの子供たちの今を
私の目で見てるんだ
すごくドラマティックじゃない?
by中皮腫患者mochi
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