子供の真っ直ぐな瞳の美しさは格別な輝きだ

子供の清らかな瞳の輝きは格別に美しい
毎日お日様は絶好調のようですね。溶けてしまいそうな日差しを浴びながら、久しぶりに子供②の学校へ面談に行ってきました。今年の2月の保護者会以来なので、ちょっこしウキウキ…
今年はイレギュラーですので、担任の先生と初お顔合わせでもありました。ですが折に触れて電話を頂いておりましたのでお声は存じあげており、初めてお会いする感じがせず、和やか克スムーズな面談となりました。
やる気スイッチが急にONになり、未来に向けて黙々と歩き始めた子供②。
先生との面談でも私が話す事は何もなく、先生と子供②が今やるべき目標について熱く語っている姿が眩しくて、推しを愛でるかのごとくデレデレ見つめておりました。
真っ直ぐな瞳の先には不安と焦りもあるでしょう、
1日は24時間しかなくて、集中できない日もあれば、疲れて眠りたい日もあるでしょう。これから子供自身が超える予定の山が見えてきたのですね。
私は癌患者です。しかも、悪性腹膜中皮腫という希少がん、5年生存率を調べると「未来を望めない」そう決意して生きなくては、心が保てませんでした。
2012年の今日の私に、9年目の中皮腫患者として子供たちの受験を応援できているよ大丈夫、心配しないでと声をかけてあげたい、当時の自分をハグしてあげたくなりました。きっと信じないだろうけど(笑)。
子供と受験と癌、真っ直ぐな心を守りたい
中皮腫と癌告知をうけた当時、子供たちはまだ受験をする年齢ではなくて、余命を言われた2年の間に私は一体何を遺してあげられるだろう、自分が居なくなる事よりも、母親不在で生きていくであろう子供たちの心を想像するのが何よりも怖かった。
屈託なく「ママと一緒がいい」とねだる子供の真っ直ぐな美しい心。この子たちを守りたくて母親をしているのだ、なのになぜ希少がんなのだ?頭が追いつかなかった。
だから義務教育の間、その位しか私は関われないと覚悟をした。
勉強が嫌いにならないよう、
だけど勉強に困らないないよう、何よりも「受験」という進路を決める時に、自分で決められるよう未来を照らしてあげなくては、と。挫けそうな日は子供の心を想い、自分を奮い立たせてきた。
私がいないであろう子供たちの未来に、あの子たちが困らないように、どうすればよいのか、ってね。
一番先に立ち会えたのは子供①の高校受験、嬉しかったな。
でも改めて、気を引き締めた。
学校を選ぶにも、受験日が重ならないようにするのも、入学金を納める締日がテトリスみたいにうまい具合に絶妙な配置になっていたからね。
え?これ子供②が高校を受験する時、一人で決めるの?ってね。夫がどこまで介入できる時間が取れるか想像つかなかったから。
子供②が高校を受験する時、受験費用の払込用紙も、願書も、写真撮影も、全部一人でするのかと思ったら、胸が張り裂けそうになってしまった。
子供①は公立中学だったけれど、写真サイズ、成績証明書等の必要書類の要不要、提出期限、それらが一覧で重ならないよう、空欄の表が配られて、二人で埋める事ができたけれど、子供②の時私はこの世にいるのだろうか、と。
悲しんでいても、未来の事は
誰にもわからないのだ。だったら私が「今できること」をしよう、だから子供②は中高一貫校を受験させたのだ。あの子が中学受験するのにはまだ生きていられるだろうと思ってね。
のんびり屋さんの子供②がのびのびと通えそうな、ゆったりとした校風の学校、子供②も私も塾の先生も「合ってるね」と合致した、ガチガチのお勉タイプではない、広々空が広がるゆったりとした校舎。
ご縁をいただけて本当に安堵したのを覚えています。親子3人で入学式に出席した日を懐かしく思い返しました。
きっと子供②が進路に迷った時
先生方が相談に乗ってくれるだろうとね。
中学と高校の先生が別れていない、必ず6年間同じ先生が二人は持ちがる、中高の生徒の交流がある、校舎が広い、ここが私のお気に入りのポイントでした。少なくとも子供②の中高を知った先生が二人いる。これがかなり高ポイントでした。
子供②と一緒にいった学校説明会でお話した先生がずっと学年主任として高校三年生まで一緒です。面談で待っている時、廊下でお会いし話をしたのですが、「早いですよね」と子供を下の名前で呼んで覚えていてくれる事がとっても嬉しいのです。
子供②の通う学校は、先生たちは下の名前で呼んでくれます。生徒も先生に「メール返信なかったんだけどー」「え?送ってない?」なんて会話をしていて、見ていて微笑ましくて好き。
まさか子供②の大学受験の面談に
自力で歩いて校舎をくぐり、立ち合い、この目で見ることが出来るだなんて夢のようで、嘘みたいで、嬉しすぎて謎のテンションです、わたくし♪
関わることができないと思っていた子供たちの受験、二人とも応援できて本当によかった。
本当些細な事、写真の焼き増しとかね、郵便局に速達郵便を出すとかね、ネット出願なら一緒に確認するとかね、そんなちょっとしたお手伝いができる事。
これが私が生きていたい理由なの。
子供たちが自分でもできるけど、やってくれたら「助かるな」の部分、これを私がお手伝いしたいのだ。
だからね、子供たちがどの道を歩いていくのか、
それに関して何も希望はない。ふふふ、本当にどこに向かって歩いてくれてもいいの。
キラキラした目で楽しそうな事を見つけるのが上手な幼子のように、自分の進みたい道へ飛んでいって欲しい。
何よりも、子供①と子供②が、「楽しい」と思ってくれたらそれだけで幸せだ。
二人とも、自分で考え、自分で進路を決めて、報告してきた。
その真っ直ぐな美しい瞳を見ることができた。嬉しくて、泣けちゃったよ、あまりの清らかさに。
この世に美しいものはたくさんあるけれど、我が子の、真っ直ぐな瞳の美しさは、母である私には格別の輝きを放っています。
今日も子供たちに、夫の優しさに、癒されました。
感謝と謙虚を小脇に、明日も「今日」を生きたいな。
by中皮腫患者mochi
-
前の記事
やる気と未来と自分で決める力 2020.08.18
-
次の記事
嬉しいな、嬉しいぞ、めっちゃ嬉しい 2020.08.24