孤高という気高さへの憧れと小鹿

孤高という気高さへの憧れと小鹿

私は2012年4月「悪性腹膜中皮腫」

という希少がんに罹患している事を医師に告げられた。

その日から私の人生はガラリと変わってしまった。これから先どう過ごしたとしても、2012年4月12日以前の私は一生手元に戻ってこない。

というよりも、癌患者以前の私はどんな思考回路で生きていたのか、その記憶が薄らいでしまった。

時々考える。もし癌患者でなかったら…

今の私は何を考え生きていただろう?毒親、毒兄である家族との問題をどう扱っていただろか?今我が子を愛しているこの熱量と寸分違わず、2020年を迎えていただろうか?夫へ感謝を口に出して伝えていただろうか

全てに『?』がつくだけで、答えの出ない無駄な問いなのだろう。だいたい、2012年4月12日以降の私は「たまたま生きている」のだ、綴っていても不思議な感覚。私の人生に『死』は、ぴったり寄り添っている。

癌に罹患した時、母は

「誰にも言うな」と口止めをした。共依存関係にあった私は母の命令は「絶対」だったから、言う通り「誰にも相談しなかった」。

一人で「中皮腫」について調べ、一人で病院を探し、一人で治療について決めた。先生以外、本当に誰にも相談しなかったから「一人で戦ってきた自負」だけはめちゃくちゃある。

それが良い事なのか、悪い事なのかは、わからない。

ただ「悪性腹膜中皮腫」という希少がん

に罹患してわかったことはある。この病気の治療の選択肢は少ない。

がん全般に限定して綴るが、治療方法を決めるのはやはり「自分」でしかないのだ。だから百か零か、極端に言うと、患者は皆「一人で戦う」のだと思っている。(あくまでがんに対する私の考え方

寄り添い、応援し、生きてほしいと願ってくれる家族がいる事、これはとてつもない原動力を生む。実際私もそうだった。夫と子供が待っていてくれる家に、家族の顔を見たくて、早く帰りたくて、だから頑張れた。

私が言う「一人で戦う」の意味は、

癌である体も、手術も、誰かが代わってくれないという意味。死を受け入れる事も、やはり「自分」だと言う事。こんな当たり前の事実に、今更ながら強く気づかされたのが、癌の罹患という事実だった。

人は一人で生まれ、一人で死んでいく、という言葉の真理がわかったと言う事。

私はそれでよかったと思っている。夫に相談し返答を求め、結果が思わぬ方向へ転がった場合、だ、あまりにも重い相談で申し訳なさすぎる。

母が「私の心の支えになってくれない」事も

告知の夜に知れて良かったのだ、と今は思っている。感情の安定しない母に頼っていたら、涙にくれ、医師にすがり、冷静に「考える」事ができなかったのではないかと思う。

母が一緒に病院へ付き添っていた頃、毎回先生に「この子が助かる薬はないですか?お金ならいくらでも出します。」と泣いて頼んでいた。先生は冷静に「あればもちろん、お話しています」と。

病院帰りのランチの度に「お願いだから長生きしてね。何でもしてあげるから」と念を押されるのだった。

出来ない約束は出来ない、

そう言った時があった。母はムッとし「嘘でもいいから、頑張るとか言えないの?」と言った。うん、そうだよね、母は患者ではないからね、とちょっと冷めた感情が湧いた

私だって「そうだね」と言う事で癌が消えるのなら、幾らでも嘘を言う。けどね、そうじゃなく、私の横隔膜には中皮腫が残っているのだ。そしてその中皮腫に対し、私は「無治療」を選択して今に至っているの。

このヒヤリとした怖さ解って言ってる?とね。

薄い氷の上のを恐る恐る歩き生きている私の気持ちを、母は理解できないようだから仕方がない。

夫の言う軽ふわなクッキーのようなトーン

「来年も結婚記念日一緒にご飯食べに行こうね」という言葉と、母の粘着した重い「生きてね」は、種類が違うのだ。

夫は「コーヒー飲む?」みたいな軽さでふわっと言う。だから私も「うん、美味しいご飯は嬉しいね」と返事ができる

夫も私も「解っているから」

この病気の難しさ、進行のスピード、生存率、治療の少なさ。互いに解っているから「笑顔」で、心地よく過ごしたいと思い合っている。これぞ阿吽の呼吸なのだ。

知っていて、解っていて「あえて触れない」

触れて解決する問題じゃないから。これが夫の優しさ、そして私の小鹿の強がりなのだ。

2020年10月は、夫と結婚して25周年だった。

楽しくさ、結納したお店で美味しいご飯を食べたんだ。亡くなった祖母が好きだったお店。祖母の喜ぶ顔が見たくて、無理を言ってそのお店で結納をさせてもらった思い出。おばあちゃん喜んでるかな、って思ったよ。

おばあちゃんが喜んでくれた結婚

時々困らせる事もあるけど(笑)

夫と仲良く暮らしているよ

あの時応援してくれてありがとう

先のとこは誰にもわからないから

やっぱり私は「今日」を生きるね

感謝と謙虚を小脇にかかえ

私の楽なスタイルで生きていく

見守っててね

夫へ愛と感謝を込めて。

by中皮腫患者mochi